プロフィール

牧野むぎ ナレーター プロフィール

大学は英語学科専攻(在学中イギリスへ留学)

卒業後、車の部品を作るメーカーに営業事務として入社

 –会社勤務をしながらアナウンススクールへ通う

地元CATVへ転職。

結婚後、島を離れてリモート勤務

(自宅に防音ブースを作りナレーター・映像編集の仕事を続ける)

2026年よりフリーナレーターとなる

(2児の母)

牧野むぎ 強み

企業で営業事務として働いた経験もあるからこそ、お客様とのメールのやり取り、確認、納期調整等、社会人としてのスムーズなやり取りは当たり前。

ナレーターとしての読みの技術はもちろん、テレビ局勤務で培ってきた企画→構成→撮影→原稿作成→ナレーション収録→映像編集まで一貫して行ってきたこと。
映像が出来上がるまでの一連の流れを知っているからこそ、発注者様の意図を素早く汲み取ることができます。完成後の映像を想定しながら収録を行います。


牧野むぎ こんな人

長崎県 国境の島 対馬市出身。

実家の前の景色。島で海・山に囲まれて過ごす

幼少期

夏には毎日のように目の前の海にダイブ! 魚釣りに山にはサンショウウオの卵を取りに行ったり。鶏も飼っていたし、畑もあった。大自然の中過ごした幼少期。

現在は岡山県に住んでいます!

(福岡で10年、石川で5年、そして現在岡山県)

「ナレーター」を生業とするまで

中学生の頃、歴史の教科書を読んでいると

先生:「読むの上手やね~!アナウンサーになったらいいよ!なったら、先生に言われたのがきっかけですって言ってね!」

と言われたのが嬉しく、アナウンサーに少し興味を持つ。少し…

会社員時代

大学卒業後は、車の製造部品メーカーの営業事務として勤務する。

入社2年後、配属先が変わったことがきっかけで、自分の仕事全般について見つめなおす。

転機となる出来事が起きる

会社で全国の支店・工場全ての社員を集めての合同運動会が開催されることとなり、前夜祭の司会に抜擢される。

・・・・声の仕事って楽しい!

そして、ちょうど住んでいた家の近くにあったアナウンススクールに通う

当時付き合っていた彼(現:旦那)と結婚すると島にもう戻れないと、会社を辞めて島に戻る。

地元のCATVに電話をすると、すぐに採用いただき、勤務することに。

CATVでの仕事内容

ナレーター・キャスター志望で入社するも、人でが足りず映像編集、カメラ撮影なども行うことに。

社長から「結婚して島を出てもテレワークという働き方があるから、続けられるよ」

と、まだコロナ前の当時は珍しかった働き方を魅力に感じて、リモートでも一人前で仕事ができるよう前向きに編集などの技術を身に着ける。

番組・ニュースの企画→構成→撮影→原稿作成→ナレーション収録→編集まで一貫して一人でできるように。

結婚して島を離れても、リモートで映像を送付してもらい、1本の番組・ニュースを作成して本社に送る。

これまでに作成した番組・ニュースの数は200本以上はある。

自宅に防音ブースを設置し、自分の声と向き合い続ける。

2024年からFMラジオの立ち上げによりメインラジオ番組のパーソナリティーに抜擢される。

2025年から、フリーのナレーターとして独立する。

最後に

島で育ち、会社員として働き、
結婚・出産を経て、現在は在宅でナレーターとして活動しています

ライフステージが変わっても、
「声で伝える仕事」を続けてこられたのは、
この仕事が心から好きだからだと感じています。

小さなご相談からでも構いません。
ご縁がありましたら、ぜひ一緒に作品づくりができたら嬉しいです^^